「ピースバイピースー個の逆転。」
都爺絵 工一(アート小学校教授、JUDO主宰)
「ピースバイピース」のイメージの広がりは「群れ」と「バラバラ」という相反相関の概念です。「個の自立」を基軸としながら、それぞれの概念の弁証法的発展により、多層なパブリックを形成していくための重要なキーワードです。
14:00|基調報告1
「憲法の逆転」
改憲派も護憲派も原発派も反原発派も最初に結論ありきの「電柱地中化」の議論から入るのではなく、まずは、HECP ーHUMAN RIGHTS(ヒューマンライツ)ENVIRONMENT(エンバイロメント)COMMUNITY(コミュニティ)PUBLIC GOOD(パブリック・グッド)の主要テーマに対して、国際的な潮流を踏まえながら本質的な議論を深めていく事が必要ではないだろうか。そのうえで日本が目指すべき社会の実現のためにどうしても「電柱地中化」が必要だという声が国民の総意になれば、その時は民主主義のルールに基づいて粛々と進めていくべきである。HECPはこれからの日本人がグローバルな視点で自立と持続可能な身の丈にあった個の生活のあり方を考えるためのユニバーサルなスタンダードであると同時に、外交においても国際社会を舞台に堂々と世界と渡り合って交渉を展開していくための土台になるものである。いくら国内向けに威勢のいい言葉で煽動的な発言を繰り返しても、国際社会からのパッシングを受ければひとたまりもなく何も言えなくなってしまうのがこの国の現状である。国家や個人に確固たる信念がないからである。「電柱地中化」が自体が最終目的ではなく、その先にあるもの。世界から尊敬される自立した誇りある国づくりに目を向けたグローバルな視点での議論を積み重ねることにより、持続可能な自立した国家の形成と日本国民はこのように考えているということの理念を正々堂々と国際社会に示していくことが重要なのである。
15:00|基調報告2
「民主リベラルの逆転」
前回の選挙の大惨敗は、民主党のみならず、民主リベラル勢力の敗北とも言える。そして、民主リベラルへの不信感を引き起こした民主党の責任は重大である。小泉政権以降、政治が物語ではなく「オチ」と「テンポ」で進められてきた。話題のタレントをキャストに織り交ぜ、そのストーリーよりも、その場のその場の刺激で視聴率を取る、あのやり方である。民主党政権はその申し子として誕生したのであった。民主リベラルを標榜する政治家はどうしても、様々なテーマに対して一面の個性や権利を重んじるために、全体の整合性が図れず、どうしても政策を立体的に組み立てられないというドグマに陥ってしまう。個々の理念は立派であるが、多面体として成立しないのである。 政治理念を戦略に落とし込む立体的なアイデアがないから、どうしてもそれぞれの「面」にこだわってしまう。 本来、政治家に課された責務は、国民の視点なき欲求のキュビズムという抽象を正し、いわゆる一般意志としての政策の現実的実現を図ることである。民主党は国民のライフイズビューティフルに迎合と扇動を繰り返し、結果的に共にそのスパイラルの渦に陥ってしまった。政権交代の失敗はその延長線上にあったと言える。
15:30|基調報告3
「革命の逆転」
ブライアン・コーワンは「コーヒーの社交」のなかで、イギリス初のコーヒーハウスは1650年にオックスフォードに開らかれ、18世紀のはじめにはロンドンだけでも3000軒のコーヒーハウスがあったという。パリのコーヒー・ハウスは、新進気鋭の芸術家のたまり場として機能し、そこからパブロ・ピカソやモディリアーニといった、今に知られる芸術家たちを生み出してきた。また、イギリスのコーヒー・ハウスは「ペニー大学」と呼ばれ、1ペニー硬貨1枚で気軽にコーヒーを飲み、新聞や雑誌を読める場所として、大いに繁盛したそうだ。ビジネスや異業種交流の場としても、コーヒー・ハウスは利用され、さまざまな政治結社がこの建物の中から生まれている。実際、フランス革命の原動力になったのは、コーヒー・ハウスで身分を問わず交流した市民たちであると言われている。科学者も、この「ハウス」を自分のアイデアを披露する場として利用したりする者も現れた。現在、日本においてもコミュ二ティーカフェをはじめ、サイエンスカフェや哲学カフェ、アートのワークショップなどのユニークなカフェが全国各地に存在している。では、現在、日本の各地で展開されているコミュ二ティーカフェとホームエレクトロニクスカフェ・プログラム(HECP)はどう違うのだろうか?まず、第一にはHECPの活動の目的が社会変革にあるということである。それは、既存の行政や統治のシステムのいわゆる”打倒”ではなく、日本社会に蔓延する「完全神話」の払拭による、不完全・不細工・不揃いを許容するパレラルなもうひとつの市場社会の創造にある。第二にはその核になる個人のLIFE意識の変革。まず、「人権」、そして「障害感」、最後に「私的領域とパブリック」の問題だ。そして、第三には個々のピースは小さくても、その視点や戦略がドメスティックに留まらず、ピースバイピースに全世界を領域とした活動を目指していることである。日本国内の既存の政治やマスコミメディアを“いちいち”通すことないレファレンダムな活動は、国連などの様々なヒューマンライツの活動との連携も視野に入れたビッグピクチャーとして、日本のプレゼンスを世界に示していくことにある。
15:45|パネルディスカッション
JUDO are more exceed than big force.
「柔よく剛を制す。」